
1970年代の
ドラマ
「俺たちの旅」って知ってます?
カースケこと中村雅俊
グズ六
オメダ
ようこに
オメダの妹
真弓が岡田奈々さんだった
たぶん
僕がテレビで観ていた
そのドラマは
当時
再放送を観て
夢中になっていたはず
その後
そのドラマのような
大学時代を金沢で過ごしてから
バブルの終わるころ
夢を見ることを
封印されるような
忙しい社会人になってしまった
その当時
昔観た
「俺たちの旅」を懐かしく思い
鎌田敏夫の文庫本
「俺たちの旅」を夜な夜な読んだ記憶
三冊の長編文庫本
たぶんまだ
本棚にあるはず?
その
「俺たちの旅」が
節目節目でドラマ化されて
「50年目の俺たちの旅」が
来春
映画になるそうです
僕の世代には
再放送だったけど
憧れの青春の宝物のようなドラマだった
中村雅俊が歌う
小椋佳の楽曲
弾き語りの歌もよかった♪
ドラマのコンセプトが
自分らしく
自由に
生きていくことは楽しい
でも
若さゆえの
葛藤とか
思い通りにならないことまで
エンディングの
詩が良いんだなぁ…
これから
訪れる
二十代にワクワクして
エンディングの
詩で
人生とは?
って
何か考えさせられた記憶があります
そのドラマが
あれから50年
あの時の
ジーンズ?姿の
カースケが70代の設定
人生は
過ぎてしまうと
猛スピードで過ぎていく
僕が
住宅ローンを組んだころ
あの頃は
家のローンと購入した土地のWローン
住宅ローンが
住宅金融公庫のたしか25年返済と
土地のローンが
地元の金融機関だったような
そのダブルローンの返済は
大変でした
三人の学資保険も積み立てながら
子どもたちの未来のために
がんばって
土地の借り入れを
短期で返済して
住宅ローンは
リフォームで再度借り換えもしたので
なんとかもう少し
ローンの返済をしながら
気づけば
25年
30年と過ぎていた
あの当時は
金融公庫の借り入れも
25年がMAXだった記憶
それが
今ではですよ…
返済限度が40年
借り入れ返済の
年間限度額が
年収の40%まで可能らしい
つまりは
たとえば年収500万円なら
年間40%の200万円まで返済設定ができる
と言っても
昔は慎重に
返済の限度を
MAX年収の30%以下に抑えましょうと
言われていた時代
さすがに30%は
しんどいと言われていたから
多くても25%を守らせたかった
いくら借り入れできるかよりも
いくらまでなら
生活を切迫させず返済できるかを
シュミレーションしてほしい
今は
保証会社が
OKと言えば
金融機関も動く時代
年収の40%ぐらいの
年間の返済でも
借り入れできてしまう時代
返済は一苦労どころではないと思います
どんなに
無理をしても
収入の30%を超えないような計画
ぼくも
土地の返済までは大変だったことを
思い出しました
しあわせになるための
家づくりなので
返済に振り回されるような
無計画は避けたいですね
来春の
「50年目の俺たちの旅」
観に行きますよ
それではまた明日。
Profile
1965年に長野県須坂市で生まれ
八田建設株式会社の代表取締役であり一級建築士。
父親が創業した会社の二代目として、すでに20年以上にわたり会社を引き継いでいる。
家族の幸せを願い、家づくりの大切さを伝えるためにブログを通じて活動している。
自身の過去の経験から、子育て世代のご夫婦に本当の幸せを感じられる家づくりを提案している。
八田建設はこれまで150棟の家を提供し、家づくりはスペックと価格よりも、家族が幸せに暮らせることが最も重要だと考え、子どもたちと過ごす幸せな時間から巣立った後の夫婦の時間までを見守る家づくりを提案している